安藤 信馨(あんどう のぶきよ)は、江戸時代後期の大名。諱は重馨(しげきよ)とも。陸奥国磐城平藩2代藩主。官位は従四位下・伊勢守、長門守、対馬守。安藤家第7代。
生涯
明和5年(1768年)10月27日、安藤信成の次男として誕生。兄・信厚が廃嫡されたため、世子となる。文化7年(1810年)の父の死去で家督を継いだ。しかしほどなく、文化9年(1812年)10月22日に死去した。享年45。
長男の信発が早世し、五男の信由も当時まだ幼少だったため、兄・信厚の長男の信義を養子として跡を継がせた。
系譜
父母
- 安藤信成(父)
正室、継室
- 美吉 - 久世広誉の娘(正室)
- 満 - 内藤信凭の娘(継室)
子女
- 安藤信発(長男) 生母は美吉
- 安藤信由(五男)
養子、養女
- 安藤信義 - 安藤信厚の長男
- 久留島通嘉正室 - 安藤信厚の娘




