栄町(さかえちょう)は、群馬県館林市の町名。郵便番号は374-0052。面積は0.34km2。
地理
館林駅の西側にある。
東は栃木県道・群馬県道223号寺岡館林線・東武鉄道伊勢崎線を境として仲町・本町二丁目、南は鶴生田川を境として富士見町、西は国道122号を境に成島町、北側は東武小泉線を境界として新栄町と接している。
歴史
1970年(昭和45年)9月1日、大字館林字目車町・谷越町、大字谷越字萱場・樋ノ口、大字成島字天神・小泉口の各一部が合併し栄町となった。
旧館林城下町名の歴史
谷越町 (やごえちょう)
本町の谷越町の項を参照。
目車町 (めぐるまちょう)
慶長2年(1597年)に日光脇往還が整備されるまでは、武蔵国方面からの館林城へのアプローチは、当時は小田原街道と呼ばれた旧目車通り(現栃木県道・群馬県道223号寺岡館林線)のみであった。
目車という地名の起源には諸説あるが、地形が元となったとされる説では、町の南端を流れる鶴生田川周辺は湿地帯でまっすぐに道を引けず、遠回りに巡りって目車台地に達したことから、迂回路といった意味でついた地名だとされる。
目車町南西には、館林城下から町外に出る5つの門のうちの1つ、「小泉口御門」があった。幕末には冠木門に改装され、この守衛役を木戸守と呼んだという。各門の木戸守は5人ずつであったが、小泉口の担当は広瀬三右衛門、川村清太郎、酒井亀太郎、水野農次郎、小倉清次郎であった。木戸守は藩主の家中ではなく、「城付侍」と呼ばれる城に付属する侍で、藩主の転封があっても従って移動する必要がなく、また給田は二段があてがわれていたという。
人口
2022年(令和4年)4月1日現在の世帯数と人口は以下の通りである。
小・中学校の学区
市立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる。
行政
- 群馬県 館林土木事務所
経済
- 店・企業
地域
健康
- 医療機関
- 大沼歯科クリニック
- ごが内科楡クリニック
相談
- 野澤治夫税務会計事務所
施設
- 記念館
- 正田記念館
- 企業博物館
- 製粉ミュージアム - 2012年創立。日清製粉グループが開設した。前身は1970年開設の「製粉記念館」である。
- 宗教
- 覚応寺(真宗大谷派)
- 白山神社
- 正田稲荷神社 - もともと目車町(現・栄町)の鎮守であったが、1910年に正田家が目車町より譲り受けた。以後、正田稲荷神社として栄町および正田醤油の守護神として祀られている。例祭は2月の初午である。
- 崇教真光館林お浄め所
- 天理教邑楽分教会
名所・旧跡
- 小泉口門跡石碑
交通
鉄道
当町に鉄道駅はない。しかし、隣接する本町に東武鉄道館林駅があり、その西口ロータリーがある。
バス
道路
国道122号が当町の西端を南北に通過している。
出身・ゆかりのある人物
- 六代正田文右衛門(実業家) - 正田醤油社長。上皇后美智子の実家正田家の本家筋。
- 正田建次郎(数学者) - 大阪大学総長、同大学名誉教授。
- 正田英三郎(実業家) - 日清製粉社長。上皇后美智子の父。
脚注
参考文献
- 川島維知『館林地名散歩』聚海書林、1990年。
- “館林市の人口と世帯数 大字別人口及び世帯数一覧表”. 館林市役所 (2022年4月1日). 2022年7月8日閲覧。
- “郵便番号”. 日本郵便. 2025年1月9日閲覧。
- “市外局番の一覧”. 総務省. 2020年6月16日閲覧。
- “群馬県館林市栄町 (102071070)”. 国勢調査町丁・字等別境界データセット. 2020年6月16日閲覧。
- “館林市立小学校通学区域設定規則”. 館林市 (2020年6月16日). 2020年6月15日閲覧。
- “館林市立中学校通学区域設定規則”. 館林市 (2020年6月16日). 2020年6月16日閲覧。
- “製粉ミュージアムとは”. コトバンク. 2018年1月29日閲覧。
- 全国営業便覧発行所 (1904年). “『群馬県営業便覧 附・繁昌記』”. 国立国会図書館デジタルコレクション. 2018年1月29日閲覧。
- “事業所一覧・グループ企業”. 正田醤油株式会社公式サイト. 2022年7月8日閲覧。
- “正田醤油の文化財”. 正田醤油株式会社公式サイト. 2022年7月8日閲覧。
外部リンク



![栄町のごあんない [千葉県栄町公式ホームページ]](http://www.town.sakae.chiba.jp/cms/data/img/1453870954_1.jpg)
