周頤(朝鮮語: 주이)は、新羅の文官であり、朝鮮氏族の尚州周氏の始祖である。
中国唐出身であり、唐徳宗の時代に兵部侍郎を務め、786年に副使として新羅に派遣され、侍衛府大監・兵部令・尚州摠管を務めて帰化した。
周頤の息子の周璜は、唐に戻り、翰林学士となり、新羅帰国後、礼部卿を務めた。
参考文献
- “주씨(周氏) 본관(本貫) 상주(尙州)입니다.”. 한국족보출판사. オリジナルの2022年9月20日時点におけるアーカイブ。. https://archive.ph/MeSZR
- 金光林 (2014年). “A Comparison of the Korean and Japanese Approaches to Foreign Family Names” (英語) (PDF). Journal of cultural interaction in East Asia (東アジア文化交渉学会). オリジナルの2016年3月27日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20160327222247/http://www.sciea.org/wp-content/uploads/2014/05/03_JIN.pdf



