三重県庁(みえけんちょう)は日本の地方公共団体である三重県の行政機関(役所)である。
概要
本庁舎及び全県的な行政の執行機関は、三重県津市にある。後述するように、三重県知事であった北川正恭の改革により、課は置かれていない時期があった。
歴史
- 明治4年11月22日(グレゴリオ暦:1872年1月2日) - 三重県の前身である安濃津県(あのつけん)・度会県(わたらいけん)が誕生。
- 明治4年12月25日(グレゴリオ暦:1872年2月3日) - 津大門町の本陣を安濃津県の仮庁舎とする。
- 明治5年3月28日(グレゴリオ暦:1872年5月5日) - 四日市陣屋に庁舎を移転する。県名を県庁所在地の三重郡四日市に合わせて三重県に改称する。
- 1873年(明治6年)12月10日 - 津県学校講堂(旧津藩校・有造館)に庁舎を移転する。
- 1876年(明治9年)4月18日 - 三重県が度会県を編入し、現在の三重県が発足。
現行組織
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北川県政とフラット化
1995年(平成7年)に三重県知事に就任した北川正恭は、県庁の組織が内向きで県民への弊害が多いのではないかと考え、行政改革に乗り出した。これは従来のヒエラルキー構造を、組織階層の低いものに変えるもので「フラット化」と呼ばれる。北川は「生活者起点の県政」を標榜し、「三重のくにづくり宣言」を発表、情報公開・地方分権・サービスの効率的提供を進めるとした。
最初の改革として1998年(平成10年)に執行機関と企画・総務部門を分離する2局6部体制への移行と、係を廃止してグループを置く「グループ制」の導入を行った。グループ制とは、各グループのメンバーが課長に直属するというシステムであり、グループリーダーは自分の仕事とグループの総括を並行することになる。
更に2002年(平成14年)には職員の強い反発を受けながらも課の全廃を断行、チーム制を導入した。チーム制は、従来の課のように固定的な組織ではなく、部局長の判断で年度中の組織変更が可能な組織であり、統括マネージャーがチームの下にあるグループをマネジメント(経営)する仕組みである。また、一連の組織改革と並行して「事務事業評価システム」・「政策推進システム」も導入された。
しかし、これらの矢継ぎ早とも言える改革は現場の職員から「仕事が増えただけ」など不評を買い、三重県民からは「カタカナの組織が増えて分かりにくい」との声が上がったため北川の後に知事に就任した野呂昭彦は、「チーム」を「室」に、「統括マネージャー」を「室長」に改めた。
組織の変遷
課以下の組織については割愛した。
明治時代
- 1882年〜1885年(明治5年〜8年)
- 参事
- 庶務課
- 聴訟課
- 租税課
- 出納課
- 学務課(1885年新設)
- 1886年(明治9年)
- 県令
- 知事官房、地方課、土木課、会計課、労務課、社寺兵事課、農商課、蚕糸課、林務課、耕地整理課、警務課、保安課、衛生課
- 1911年(明治44年)
- 知事
- 内務部
- 地方課、土木課、会計課、学務課、社寺兵事課、農商課、蚕糸課、林務課、耕地整理課
- 警察部
- 警務課、保安課、衛生課、各警察署
- 各郡長
- 内務部
大正時代
- 1926年(大正15年)
- 知事
- 知事官房
- 秘書課、文書課、統計課
- 内務部
- 庶務課、会計課、地方課、商工水産課、農務課、土木課、林務課、蚕糸課、耕地整理課
- 南牟婁支庁
- 庶務課、会計課、地方課、商工水産課、農務課、土木課、林務課、蚕糸課、耕地整理課
- 学務部
- 教育課、社寺兵事課、社会課
- 警察部
- 警務課、保安課、衛生課、高等警察課、刑事課、工場課
- 出先機関
- 津測候所など計14機関
- 知事官房
昭和時代
- 1945年(昭和20年)12月
- 知事
- 知事官房
- 秘書課、文書課
- 内政部
- 総務課、議事課、地方課、会計課、教学課、厚生課、衛生課、進駐軍受入事務局連絡室
- 経済第一部
- 食糧第一課、食糧第二課、水産課、蚕糸課、耕地課
- 経済第二部
- 商工課、復興課、林務課、終戦管財事務局
- 土木部
- 監理課、道路課、河港課、都市計画課
- 警察部
- 警務課、防犯課、輸送課、刑事課、労政課、保安課、警察部長書記官、勤労課、保険課
- 各地方事務所(11ヶ所)
- 知事官房
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平成時代
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地域機関
県民センターの廃止に伴い、2013年(平成25年)4月1日に地域防災総合事務所と地域活性化局が設置された。
- 北勢
- 桑名地域防災総合事務所 - 三重県桑名市中央町五丁目71 三重県桑名庁舎1 - 2階(〒511-8567)
- 四日市地域防災総合事務所 - 三重県四日市市新正四丁目21-5 三重県四日市庁舎2階(〒510-8511)
- 鈴鹿地域防災総合事務所 - 三重県鈴鹿市西条五丁目117 三重県鈴鹿庁舎2階(〒513-0809)
- 中勢
- 津地域防災総合事務所 - 三重県津市桜橋三丁目446-34 三重県津庁舎2 - 3階(〒514-8567)
- 松阪地域防災総合事務所 - 三重県松阪市高町138 三重県松阪庁舎2 - 3階(〒515-0011)
- 伊賀
- 伊賀地域防災総合事務所 - 三重県伊賀市四十九町2802 三重県伊賀庁舎3階(〒518-8533)
- 南勢
- 南勢志摩地域活性化局 - 三重県伊勢市勢田町628-2 三重県伊勢庁舎4階(〒516-8566)
- 東紀州
- 紀北地域活性化局 - 三重県尾鷲市坂場西町1-1 三重県尾鷲庁舎3階(〒519-3695)
- 紀南地域活性化局 - 三重県熊野市井戸町371 三重県熊野庁舎2階(〒519-4393)
旧組織
以下の県民センターは、県民局の廃止に伴い設置された。2013年(平成25年)3月31日に県北中部の県民センターは地域防災総合事務所へ、県南部の県民センターは地域活性化局へ改組された。
- 桑名県民センター - 三重県桑名市中央町5-71 三重県桑名庁舎2階(〒511-8567)
- 四日市県民センター - 三重県四日市市新正四丁目21-5 三重県四日市庁舎2階(〒510-8511)
- 鈴鹿県民センター - 三重県鈴鹿市西条五丁目117 三重県鈴鹿庁舎2階(〒513-0809)
- 津県民センター - 三重県津市桜橋三丁目446-34 三重県津庁舎2階(〒514-8567)
- 松阪県民センター - 三重県松阪市高町138 三重県松阪庁舎3階(〒515-0011)
- 伊勢県民センター - 三重県伊勢市勢田町622 三重県伊勢庁舎3階(〒516-8566)
- 伊賀県民センター - 三重県伊賀市四十九町2802 三重県伊賀庁舎3階(〒518-8533)
- 尾鷲県民センター - 三重県尾鷲市坂場西町1-1 三重県尾鷲庁舎3階(〒519-3695)
- 熊野県民センター - 三重県熊野市井戸町371 三重県熊野庁舎2階(〒519-4393)
在籍していた人物
- 横山俊祐
脚注
- 注釈
- 出典
参考文献
- 三重県『三重県史』不二出版、昭和39年3月31日、682pp.
- 三重県統計協会『平成17年 三重県民手帳』2005年、88pp.
- 四日市市役所『四日市市史 第18巻』2000年
関連項目
- 三重県庁舎
外部リンク
- 三重県
- 県庁のご案内




